K A M O M A I L

ネコに煮干しをあげてください。

ユージン・スミス展。

ときおり写真っていいなと思うところがあり、初下りついでに見にいってきました。東京都写真美術館にて、ユージン・スミス 写真展です。

f:id:kamokamokamo:20180121172821j:plain

これがフォトエッセイというのか、フォトジャーナリストたるユージン・スミスの作品たち。「太平洋戦争」「カントリー・ドクター」「スペインの村」「助産師モード」「慈悲の人(シュバイツァー)」「ピッツバーグ」「日立」「水俣」・・・・・ピシッとした構図の美しさとプリントの深い陰影。写真で語られる世界。

f:id:kamokamokamo:20180121172748j:plain

被写体との距離の近さ(物理的より精神的)が写真の雄弁さ、生々しさの要因なのか。
写真を撮る中で肉体的に激しく傷つきながら傷つけられながら、この世を切り取る写真家の目線。

続きを読む

あけました、おめでとうございます

f:id:kamokamokamo:20180103112836j:plain

臥床・・・じゃなくて、賀正!(=゚ω゚)ノ

年越しの気分リセットシステムは有用。
あとはふらふら生きて死ぬだけだなーと思うゆえ、できるだけたのしい思いをして生きたい、今年もつつがなくへいおんに、無為に、なんとなくすごしたい・・・と思っています。

f:id:kamokamokamo:20180102222410j:plain
ミャッ

今週のお題「2018年の抱負」

熊野詣に行きましょう

つつがなく (?) シゴトおさめたのち、紀州に行ってきました。熊野詣。
かえるさんもおさそいしてみたところ、「寒い!」とにべもなく断られたため、ひさびさのひとりかもさんぽ。とはいえ、浮かれて山道に入らぬよう厳命されての出奔。

当初は、キョートから日帰りできるかなーと旅程を考えていたのですが、どう考えても、む・無理・・・!と思い直して、一泊旅行にする。

積読していた川上弘美『森へ行きましょう』を道中のおともに、よみがえりの旅にゴー。

森へ行きましょう

森へ行きましょう

(行きの電車でほぼ読めてしまった。紀州はとおいですね。)

那智勝浦の民宿に泊まって、朝は勝浦漁港をぷらぷら。

f:id:kamokamokamo:20171230211523j:plain
これらはマグロですか?
f:id:kamokamokamo:20171230230359j:plain
はい、マグロです。

マグロが並んでいるところをながめて気が済んだところで、紀伊勝浦駅からバスに乗って那智山にむかう。

f:id:kamokamokamo:20171230211552j:plain

続きを読む

近ごろわたしをとおりすぎた展覧会たち・2017冬

今年の冬は超繁忙期のため、とおりすぎるよゆうがなかったですね・・・あんまりね。


安藤忠雄展 @ 国立新美術館

f:id:kamokamokamo:20180102234956j:plain

建築の展覧会って?と思って、足を運ぶ。
初期から現在の安藤建築の模型たちが並び、模型好きにはたのしい展覧会でした。

f:id:kamokamokamo:20180102235048j:plain
「光の教会」の原寸大模型

場所のイメージを概念化し、概念を受肉させて人びとをつつむ・・・
「施主には『私の建築は住みにくいので建物にあわせてください』と言っている。でも、私は自分の家は住みやすく設計している」
(な、何を言っているのかわからねーと思うが、おれにも何を言っているかわからねーぜ!)

f:id:kamokamokamo:20180102235236j:plain

スター建築家の姿勢やよし。

<参考>建築倉庫ミュージアム・・・模型好き

続きを読む

近ごろのネコ氏

11月中旬で繁忙期がおわり、さてぼちぼち10月11月をとりもどすぞーと思っていたらば、さらなる繁忙期の到来。

とはいえ、ちょびっとゆとりもできてきたので、ひさびさに定時退社してその足で帰省。

f:id:kamokamokamo:20171211011739j:plain

ネコ氏を追い回す。

f:id:kamokamokamo:20171211011243j:plain

f:id:kamokamokamo:20171211011835j:plain

そして、ネコ氏に避けられる、わがはい。

f:id:kamokamokamo:20171211011155j:plain
にゃー。

『早稲田文学 女性号』

休日出勤の代休をぼちぼち消化して、おやすみ。よく食べよく飲みよく読んだ日々でした。


さて、ようやく手元に届いたのでぼちぼち読んでいる『早稲田文学 女性号』。

わたしは女性性とは、性とは、肉体のことだと考えている。精神と肉体とは不可分なので、肉体のことが精神に及ぼすことが往往にしてあるとしても。ただ、これは肉体のことなのだ、ただの肉のこと、皮のことなのだ、と思ってやりすごそうとしていることが、自分自身にも限りなくあるなあ・・・と胸が痛んだ。

「どうせそんなものだろう」、そう言ってあなたに蓋をしようとする人たちに、そして「まだそんなことを言っているのか」と笑いながら、あなたから背を向ける人たちに、どうか「これは一度きりのわたしの人生の、 ほんとう ・・・・ の問題なのだ」と表明する勇気を。それが本当のところはいったいなんであるのかがついぞわからない仕組みになっている一度きりの「生」や「死」とおなじように、まだ誰にも知られていない「女性」があるはず。まだ語られていない「女性」があるはず。そして、言葉や物語が掬ってこなかった/こられなかった、声を発することもできずに生きている/生きてきた「女性」がいる。そしてそれらは同時に、「語られることのなかった、女性以外のものやできごと」を照らします。

とは、川上未映子の巻頭の檄文(と言っていいと思う)。

そもそもホモサピエンスの個体同士がしょせんは理解し得ない/誤解の上になりたっているものだとしても、ちがうと思ったときには、あなたの感じ方はわたしの感じ方とはちがうのだ、と言ってもいいのではないか。

早稲田文学増刊 女性号 (単行本)

早稲田文学増刊 女性号 (単行本)

 

近ごろ仕事に関連して、この人は女だから、とののしられる(とわたしは感じた)ことがあったので、ことさらひびいている部分がある。自分の感じ方がナイーブなのだと思おうとしている/たけれども、奥深い部分では、こうした蛮習はほろんだらいいのに、と呪っていることに気づかされる。
一方、硬直した姿勢がコミュニティに対して悪影響を及ぼすことも、一般論としては、理解しているつもりなので、洗練した形に昇華していきたいとも思っている。

それは、わたしという人生の困難さに対する、ある種のたのしみでもある。

健康で文化的な最低限度の生活

ようやくお仕事もひと段落。牧羊猫としてニャーニャー奮闘してみましたが、みなさまのおかげもあって、大禍なく目的地までたどりつけました。

ひさしぶりに深夜残業や休日出勤をつづけましたが、ときおり足元がふらついたものの、30代後半の自分の身体能力が試せてよかった。
「たのしそうにやっとったよ」とかえるさん。「君のモーティブフォースは怒りだけれども、生きてる限り怒りはつづくから、あきらめてがんばんなさい。」

はーい。(気のない返事)
f:id:kamokamokamo:20171125190246j:plain
鍵善良房の いちょう(↑)/晩秋(↓)
f:id:kamokamokamo:20171125190316j:plain
今年はモミジハンティングできてない

おうちでごはんを作っていると、野菜を刻む最中に、あー・・・ふつうの生活に戻ってきたなー・・・・・としみじみと感激す。
おかえり、わたしの健康で文化的な最低限度の生活。