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K A M O M A I L

ネコに煮干しをあげてください。

この世への出口、あの世への入口

見物 キョート

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わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣舟
(参議篁)

百人一首に選ばれたこの歌を詠んだのは、小野篁卿。
平安時代・嵯峨天皇の頃の人物で、優秀すぎて正体がよくわからない人物だったことから、昼は官僚として宮仕え、夜は冥府に向かい閻魔大王の元で裁判の補佐をしていたと伝えられています。
(ちなみに、百人一首の歌は、篁が遣唐副使に任じられ、なんやかんやあって唐行きの船への乗船を断ったため、隠岐に流罪になった際に詠んだ歌です。)
篁卿が夜な夜な冥府に向かう際に通っていた井戸が京都・東山の六道珍皇寺にあり、特別公開されてると聞いて、怖いもの見たさ?に行ってきました!

おめあての「冥土通いの井戸」はお寺のお庭に。

これが「井戸」かあ・・・
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おそるおそる(ビクビク(((=ω=))))
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シダのおかげで冥府はのぞけず(ホッ(*-ω-*))

この井戸はこの世からあの世へ向かう井戸と伝えられています。
では、あの世からこの世への井戸はどこにあるのでしょう?

じゃん
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2011年に境内の隣接地(旧境内)で見つかったのがこちらの「黄泉がえりの井戸」。
深さは100メートルあまり。まんなかにぽっかりと空いた穴のまわりに水をたたえています。
以前はあの世からの出口は嵯峨野・福生寺にあったそうなのですが、明治時代に廃寺になってしまって以来、帰り道は閉ざされ、この世からあの世へは行きっぱなしの状態がつづいていたというわけですね・・・

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・・・・・

古の京都には、鳥辺野、化野、蓮台野という野辺送りの葬送地がありました。
六道珍皇寺は鳥辺野の入口に位置し、六道の辻(六道輪廻のわかれ道)、この世とあの世の境、死者と生者とが最後のお別れをする場所・・・・・
こうしたことも六道珍皇寺に冥府へ通づる井戸がある理由なのでしょう。

 

ところで、「子子子子子子子子子子子子」とはなんと読む?

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ぽっちゃり猫「知らんがな」

正解は「ねこのここねこ ししのここじし(猫の子の子猫 獅子の子の子獅子)」。
こちらは小野篁卿が嵯峨天皇から出された命がけのナゾナゾにみごとに答えたものです。(『宇治拾遺物語』より)

帰りに日本酒飲んで餃子で〆
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うまうま~(*-ω-*)